その後のF猫
2008/12/5~
F猫の個人的なブログφ(..)
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休み(日常)を謳歌する「ねこ」
人間のメンタルが「成熟」するというのは、こういうことか!( ゚Д゚)
心を家に例えるならば、わたしのお家は、
物心ついたころに住んでいた、大工さんが建てたお家。
畳の家で、南北に窓があり風が通り抜ける2階建て。
田舎っぽく、ベッドタウンのように家もあるけれど、まだまだ田んぼや
畑が多くて、日中は明るく、夜は虫やカエルの鳴き声が聞こえるような家。
心を家に例えるならば、わたしのお家は、
物心ついたころに住んでいた、大工さんが建てたお家。
畳の家で、南北に窓があり風が通り抜ける2階建て。
田舎っぽく、ベッドタウンのように家もあるけれど、まだまだ田んぼや
畑が多くて、日中は明るく、夜は虫やカエルの鳴き声が聞こえるような家。
恐怖を抱かせるような父がいて、父に追いかけられる兄がいて、
(1度だけ)玄関で泣いている母を子供ながら 大丈夫? と思いながら見ていた。
ような記憶がおぼろげにある。
そんな父は、でも、仕事をとてもまじめにこなす「職人さん」
けっして、結婚して子供を作るのには向いていない人・・・
わがままで、がまんがきかない。5人兄弟の末っ子で、まさに末っ子の
気質。
逆に母は5人兄弟の真ん中で、とっても忍耐力のある人(その分身体はちょっと弱い)
実家の貧乏にも負けず、粋な独身時代を経て、バツイチの父と(先妻の子)兄について勉強するつもりで嫁いできた。
わたしは一卵性の双子で。同い年の妹とたぶん支えあうように育っていたんだろう。
そんなわたしが大人になった心の家は、ついこの間まで開かずの扉や、
めいいっぱい「嫌なもの」を詰め込んで締め切っていた部屋が当然だった。気がつかないほどに。見ないふりをし続けていた。
人生いろいろ失敗しまくった1年と少しを経て、それらの部屋のものをすべてはき出し、
思い起こして、(感情や思いに)名前をつけたり、紐解いたり、ちゃんと自分で相対してみて、
すべての思いをちゃんとタンスや定位置にしまったり置いたりしなおすことができた。
のかな。
今はそのお家の窓という窓、ドアというドアを開けはなって、風通しがよくなったよう。
心が解放できるということは、自分を許し、他人にそれを話すことができ、何を得たのか失ったのか考察できるようになること、と思う。
改めて、数十年ぶりに父に「補聴器」と「老眼鏡」をプレゼントした。
父が原因でいろいろと拗れているものがあるのだけれど、大人になるまで生活したそれを支えたのは父だというのはまぎれもない事実。感謝をしないと後悔する。
母にはとうとう感謝の言葉も親孝行もあんまりできなかった。
人の交流は生きていてこそ。どんな葛藤も、相手が死んだら決着をつけるべき相手は己しかいなくなる。一人でその葛藤を消化するにはわたしはまだまだ何かが足りないようだ。
夏は暑いのだけれど、冬よりは確実に人を活発にしてくれる。ありがたい季節。
でも、わたしは秋が一番好き。
落ち着いていて、なんといってもわたしたちが生まれた季節。
(1度だけ)玄関で泣いている母を子供ながら 大丈夫? と思いながら見ていた。
ような記憶がおぼろげにある。
そんな父は、でも、仕事をとてもまじめにこなす「職人さん」
けっして、結婚して子供を作るのには向いていない人・・・
わがままで、がまんがきかない。5人兄弟の末っ子で、まさに末っ子の
気質。
逆に母は5人兄弟の真ん中で、とっても忍耐力のある人(その分身体はちょっと弱い)
実家の貧乏にも負けず、粋な独身時代を経て、バツイチの父と(先妻の子)兄について勉強するつもりで嫁いできた。
わたしは一卵性の双子で。同い年の妹とたぶん支えあうように育っていたんだろう。
そんなわたしが大人になった心の家は、ついこの間まで開かずの扉や、
めいいっぱい「嫌なもの」を詰め込んで締め切っていた部屋が当然だった。気がつかないほどに。見ないふりをし続けていた。
人生いろいろ失敗しまくった1年と少しを経て、それらの部屋のものをすべてはき出し、
思い起こして、(感情や思いに)名前をつけたり、紐解いたり、ちゃんと自分で相対してみて、
すべての思いをちゃんとタンスや定位置にしまったり置いたりしなおすことができた。
のかな。
今はそのお家の窓という窓、ドアというドアを開けはなって、風通しがよくなったよう。
心が解放できるということは、自分を許し、他人にそれを話すことができ、何を得たのか失ったのか考察できるようになること、と思う。
改めて、数十年ぶりに父に「補聴器」と「老眼鏡」をプレゼントした。
父が原因でいろいろと拗れているものがあるのだけれど、大人になるまで生活したそれを支えたのは父だというのはまぎれもない事実。感謝をしないと後悔する。
母にはとうとう感謝の言葉も親孝行もあんまりできなかった。
人の交流は生きていてこそ。どんな葛藤も、相手が死んだら決着をつけるべき相手は己しかいなくなる。一人でその葛藤を消化するにはわたしはまだまだ何かが足りないようだ。
夏は暑いのだけれど、冬よりは確実に人を活発にしてくれる。ありがたい季節。
でも、わたしは秋が一番好き。
落ち着いていて、なんといってもわたしたちが生まれた季節。
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